北陸石仏の会(日本石仏協会北陸支部)のあゆみ

発足 | 平成4年10月19日に北陸4県の新潟県、富山県、石川県、福井県の石仏に関心のある方々が富山市奥田新町の銀嶺荘に相集まり発足した。役員は次の通りである。 会長 藤村善雄(石川県) 副会長 北野正明(福井県) 京田良志(富山県) 阿部茂雄(新潟県) 事務局長 柳沢栄司(富山県) 監査 渡辺三四一(新潟県) 幹事 尾田武雄、晒谷和子、樽谷雅好、平井一雄(富山県) 大久保まさ子、山本昭治(福井県) 久世嘉太郎、木綿たき子(石川県) 石田哲弥、星野紀子(新潟県) 当日、坂口和子日本石仏協会長の「石仏との出会い」の記念講演があった。 翌日20日第1回例会が大岩日石寺、立山博物館、蘆峅寺焔魔堂周辺の石仏を京田良志副会長の説明を聞く。参加者26名。 |
新潟県石仏の会 | 平成5年4月25日の柏崎博物館大ホールにて新潟県石仏の会が発足する。会長に阿部茂雄、石田哲弥事務局長 |
会旗 | 会旗が出来、題字を会報の題字をお願いした会員佐々木春子さんの揮亳である。会旗樹立は平成5年7月18日第3回例会福井県小浜市でされた。 |
第6回例会 | 白山市周辺は参加者60名であった。 |
藤村善雄会長が死去される | 平成7年3月13日に北陸石仏の会会長の藤村善雄氏が死去された。金沢工業大学元副学長75歳であった。北國写真連盟会員、石仏の写真で知られ作品は富山新聞「白き道」に掲載中であった。 |
久世嘉太郎が第2代会長になられる。 | 石川県津幡町出身であり久世酒造の社長。その後平成12年に福井県武生市の北村市朗が3代目北陸石仏の会長となる。 |
日本石仏協会共催の石仏例会 | 平成12年5月13日~14日に日本石仏協会と北陸石仏の会の共催で、「富山県砺波の石仏」の例会が開催された。1日目庄川左岸中筋往来の三十三ヶ所観音、大田萬福寺、東保浄光寺の五知如来、2日目散居村展望台、散居村の石仏、出町本町弁財天、秋葉大権現、不動明王、井波町無量力吼、太郎丸地蔵堂等を見学。参加者44名 |
第1回石仏フォーラム | 平成19年8月11日、砺波市庄川町水記念公園内にある庄川ふれあいプラザにて、地元生涯学習団体砺波土蔵の会、庄川町たんぽぽグループ、庄川峡観光協同組合、となみ散居村ミュージアム、砺波郷土資料館共催で「第1回石仏フォーラムIN庄川」が開催された。 福井の石仏 北陸石仏の会会長 北村市朗 神通川流域の石仏 日本石仏協会理事 平井一雄 砺波地方の石仏 北陸石仏の会事務局長 尾田武雄 地域と石仏 観光と石仏 庄川峡観光協同組合専務理事 川崎和夫 |
会報がA4判となる。例会の案内役が滝本やすし | 平成22年7月、会員数が減り、財政難から会報を手づくりとし、理事の滝本やすしが編集担当され、理事平井一雄が印刷を担当された。またこの頃より滝本やすしの豊富な知識と調査で、北陸石仏の会例会の案内が行われるようになった。 |
平井一雄が第4代目北陸石仏の会長になる | 平成27年5月に平井一雄が第4代目北陸石仏の会長となり、副会長滝本やすし、事務局長尾田武雄、理事酒井靖春、同池田紀子、監事松井兵英となる。 |
平成30年カレンダー | 滝本やすし副会長の尽力により、石仏を入れたカレンダーを作成し会員に配布する。 |
