坪北のなかよし地蔵

 散居村の広がる高波の坪北の東島には、坪北新村、高儀出村、北高木村、放寺新村の四か村が複雑に入り込んでいた。これらの村々は、ここはもと北高木村領であったが、未墾地として残っていた所を坪内・竹・高儀の各村から出た人々が開墾してできたものである。村の成立事情により、村違いの家の男の子同士は仲が悪く、それを心配した五平さんが地藏様を作り「和」を作ろうとされ、「地蔵様開和」として呼ばれている。(説明板より)
 ここは旧庄川分流の一つ新又川の流路跡で、そこを開墾し、その人々の融和を願ってこの地蔵さまが造像された。

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